居合の最近のブログ記事




  • 数ヶ月ぶりに英信流

  • 最近稽古場所が変わったらしく、山奥の道場になっていた

  • 英信流はひさびさなので、まずは正座の部を再確認をする

  • それから立膝の部を駆け足でひととおり。今までは浮雲、颪しか知らなかったのでわくわく

    1. 横雲

    2. 虎一足

    3. 稲妻

    4. 浮雲


    5. 岩波

    6. 鱗返

    7. 浪返

    8. 滝落

    9. 真向



  • 特に岩波、滝落が難しい。岩波は抜いた刃での牽制、滝落は踏み込みなしの突きなど、辞書にない要素が多い

    • 踏み込みなしの突きといえば無外の胸尽くしも似たようなことで苦しんだ覚えがある





昨日mixiに英信流の歴史について書いてから、ふと図書館にそれに関する書籍があるのではないかなと考えた。工学だけを扱う大学ではない、それどころか下手すれば工学より体育の大学としてのイメージのほうが強いような話さえ聞くのだから、武道に関する資料だって所蔵されていても不自然じゃない。


というわけで検索してみると案の定7冊ほど(少ない...)あったので、初めて体芸図書館に向かう。


2冊借りた。



後者はAmazonで値段を見たら12,600円となっていた。買えねーw


まずは前者『無双直伝英信流 居合道』を読むことにした。以下の記述は基本的には同書と僕の所感による。


ところで読みはじめてすぐ、「はじめに」と「第一章」の間に「居合道ひと筋に生きる」というセクションがある。ここには居合道をどのような心持で修行すべきか、何を望みどこへ向かうべきか、など非常に勉強になることが書いてあるのだが、その合間合間にやたらと「今の剣道はとにかくダメだ、スポーツ化していてどうしようもない」というようなことを何度も何度も挟むのでなんだかなあという感じだった(笑


たぶん結構なお年の方なのだろうけれど、ニーズによって変遷があり、言葉だってそうだけど、この世に存在する限りどんなものでもその姿かたちが変わっていくのは不可避なのだから、まあそこは受け入れる寛容さがないといけませんね。諸行無常とか言うじゃないですか。書きたくなる気持ちはわかるけども、読んだ若いのが「こんな偏屈になりたくねえ」と思って先達を追うのをやめちゃうかもしれないので、その辺はこう、あまりアレな感じにならんでほしいなあw


閑話休題。


居合道の成立


居合道の始祖として有名なのが林崎甚助源重信で、1542年に産まれたとされている。


同書では「居合道の起こりは室町時代の成立の頃から」とされているが、室町時代は(同書にも記載されているとおり)1392-1573年の期間なので、林崎の産まれた1542年は明らかに末期だと思うのだけど...


林崎は幼少期から武道に励んでいたようで、えらく強かったらしく「剣道の達人と試合して、一度も破れたことがなかった」とのこと。剣道の達人と試合して、というのだから林崎が用いたのは剣道ではない。抜刀術と呼ばれるものだった。一般的なイメージで言うところの「居合抜き」と似たような感じだと思う。


この強さが話題を呼んで(なのかどうかはわからないけど)時の人であった足利義満に呼び寄せられ、彼に抜刀術を伝授したりもしたという。


時系列は定かではないが、上記の抜刀術に創意工夫を重ね、神社にて天啓を得て居合を生み出したとされている。この神社は山形県 村山市にあり、現在は林崎の名もとられ「林崎居合神社」として知られているらしい。そのうち行ってみたい。しかしそのまんますぎるネーミングだなあ...。


この抜刀術は後世にて「林崎流」や「重信流」「夢想流」などと呼ばれている。このどれも林崎が自称したものではなく、彼自身がそれをどのように呼んでいたかは不明。林崎流と重信流は良いとして、夢想流の語源がまったくわからない。天啓を受けたからというのであればちょっと馬鹿にしてる感じがするし、何でなんだろ?


没年不詳であり、どのように死んだとかいう逸話は特に聞かれない様子。しかし天寿を全うしたとも思えない、そういう時代じゃないだろうし。


余談だけど、借りたもう一方の本『居合道日本史』のAmazonによる紹介を見てたら、「林崎は始祖ではない」とするようなことが書いてあった。この辺りの齟齬はなかなか気になるのでこちらも早く読みたいところ。


その後の系譜


林崎流を受け継いだのは田宮平兵衛成政だそうな。この人もなかなかの使い手だったらしく、徳川家の1-3代将軍にそれぞれこれを伝授したとのこと。ググってみると、現在でも田宮流は存在するようだ。


これに創意工夫を加え、長谷川英信流を確立したのが七代目宗家の長谷川主税助英信。無双直伝英信流などでもその流祖として挙げられる人物で、やたらと名前がカッコいいイメージがある(どうでもいい


この長谷川英信流に工夫研究を重ね、さらに神陰流「鞘の中」(抜刀術)と小笠原流「正座」を加えたのが大森流で、これを完成させたのが九代目宗家大森六太夫守政。現在の無双直伝英信流における「正座の部」がこの大森流なのだとか。


この系譜を図にまとめるとこんな感じ。


f:id:Tnzk:20090608173141p:image


無双直伝英信流の保存と広まり


現在の無双直伝英信流は、土佐藩で精力的に教えられた。この頃(徳川綱吉さんの頃らしい)は学芸が盛んな傍らで武芸は衰退していったようだが、一方で土佐藩では無双直伝英信流のみならず、(剣|弓|馬)術が奨励・保護されており、明治維新の頃まで藩外不出の武道として温存されていたとのこと。


発生が土佐藩におけるものかどうかは明らかではない。それから、林崎流が夢想流と呼ばれる理由は依然としてわからない(まあ名前なんかにそれほど対した意味があることのほうが少ないが)ものの、この「無双」は明らかに「夢想」と同音異義・異字語であるので、関連性くらいは見て取れる。逆に、後世で無双からさかのぼって夢想流と称されるようになったのかも?


藩外不出であった無双直伝英信流が全国的に広まったのは、十七代宗家 大江正路によるところで、彼は普及のために以下のような改良を行ったとされる:



  • 技名称の平易化

  • 居合形の創作

  • 早抜き(連続技)の創作

  • 全国を巡っての積極的な布教(というと語弊があるけど、もちろん広義の布教。居合道には少なからず宗教的な側面はある。しかしそれはOSの持つ宗教性と同程度のものでしかない)


このような普及・保存の努力の末、現在の無双直伝英信流が存在している。


同書において、大森以前は敬称略であるのに対して、大江の代になると急に「大江先生」と後ろに先生が付くようになる。この辺の差異がよくわからないが、もしや大江正路さんは同書執筆(平成11年)時点でご存命であった?まさか...


二段合格

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そういやすっかり忘れてたけど、去年の12月の審査にて二段になりました。ちょっとカッコいい感じです(ぇ


三段審査は2年の稽古を経てから。というわけなので2010ですね。約数の多そうな年に三段審査受けられてうれしいです(?




先週、ちょっと遅刻したので今日は早めに行く。


抜刀法をひととおり終えてから、浮雲を抜く。抜刀法は少し急ぎ足だったので荒い居合になってしまった。浮雲はまだ満足に抜けない。鷺足で寝かせた足の裏を右に見せなければいけないのだけど、これがきっちり決まらない。柄を取る手をかわし左手を引いたあと、右胸前に柄を回しつつ左半身を右足の前にねじ込む。この時点で左足がどの方向を向いていても、柄を回し腰を落としながら抜きつけるときにつま先を前に直せば良い、と今はとりあえずそうしている。


久しぶりに正座の部をひととおり抜く。順番はだいたい馴染んできた。


「受流」は若干失敗して、受け流した後の左足を上げすぎた。それに動揺して切りつけも弱々しくなった。


「月影」、相変わらず手首を切る際に前を見ていてしまう。これは癖になっている上に意識しないと気づかないからなかなか直らないだろうなあ、と思う。


あとの技はまあまあうまく決まる。特に「追風」は二ヶ月ぶりにも関わらずミスなく終える。まあシンプルな技なのだけど、個人的には結構好きなのでうれしい。


それから演武。内容は:



  • 古流自由技一本: 一本目「前」

  • 古流自由技一本: 八本目「付込」

  • 三本目「受け流し」

  • 六本目「諸手突き」

  • 十本目「四方切り」


場所をうまく選べず注視点を決められなかったのが痛手で、これに動揺してほとんどの技をおどおどと抜くことになった。重要なことなので、今後は注視点の決定を徹底しようと思う。




英信流礼法の復習にはじまり、正座の部をひととおりやる。特に、「前」「八重垣」「月影」「付込」を重点的にやる。


特に「月影」「付込」は割とうまくできて満足。気にかかかったのは以下の部分:



  • 「月影」の抜き打ちのとき、切り落とした相手の手首の断面を見るようにする。これまでは前方の注視を徹底していたが、それだけでもいけないらしい

  • 「付込」の残心にて、右手に持ち替えて刀を返すとき、刀は水平に保つ。これはむしろこうしたほうが安定するっぽい


あと、「八重垣」で自分の足首を守って相手の刀を弾くはずが、ひざ辺りを守ってしまう。腰を落とすとちょうどよくなって安定もするのかなー。とりあえず明日試してみる。


そして「浮雲」、まだまだ荒削りだけど技の流れは覚えて、ひととおり抜けるようになった。なかなか派手な技なのでうれしい。こないだ心配していた正面で終わらない問題も自然と解決していた。


木曜日は学校の授業でも体育があって、しかも体育のあとに授業が控えていて、それが7,8限目だというから泣かせる。一週間で一番体に負担がかかってる日だと思う。申し訳ないけど耐えてほしいなー。




昨日は年明け初の稽古。これまで審査対策に全剣連の技ばかり練習していたので、そろそろ古流もやらないとね、という流れに。


教えてもらったのは立膝の部より「颪」「浮雲」の二本。これらは以前にも一度触りだけ習っていたのだけど、うろ覚えだったので再確認。


まず立膝の部での座り方。座る前に左足を半歩引くようにする。


浮雲での反省点。



  • 最初に相手が小尻を取りにくるのをかわすとき、体を開くのは半身分に留める。ぼくは極端に逃げる傾向があるので、悪目立ちすると思う。

  • 次に身を返すとき、相手の体と右足の間に自分が割り込むように動く。そこから左足を返しながら切りつけるに際して、姿勢を下げるに従って前傾するようにする。でないとバランスが取れない。

  • 相手を引き倒したあと、刀を右上に払い、左足を踏み込みつつ地面を鳴らす。そのまま袈裟に切り下ろす。このとき、手が切っ先が左膝の外に出るようにする

  • 理由がわからないのだけど、技が正面を向いて終わらない。根本的な勘違いがどこかにあると思う。


次に颪。



  • 相手が柄を取りにくるのをかわし当身を入れたあと、抜きつけるに先んじて左足を右足によせる。細かくは、右足のカカトに左足裏を添えるような形にする

  • 浮雲に同じく正面で終わらない。なぜだー


というわけで来週までにちょいちょい練習しておく。あと、古流で見たことあるのは「波返」「悪魔払い」(送り仮名間違ってるかも)。こちらも何らかの方法で調べてやっておくかなー。


初段

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審査は合格


通っちゃいました。3月の一級取得から9ヵ月。長かったような、短かったような。


二段への昇段審査は、来年12月までないみたい。これから1年待たなきゃ(三段へは2年待たなきゃいけないらしいので、どれだけ上手くやっても高専卒業までには三段が限界か)。のんびり稽古できるような気もするけど、来年は今想像するみたいに穏やかな年じゃないだろうな、と思う。


1年は短いようで長い。長いけども、居合については意識しなきゃ飽きてしまうってことはない。元々一生続けられることに魅力を感じて始めたのだ。70, 80才に至ってより味の出てくるスポーツとか武道って、なかなかない。


師範の人による講評で厳しく指摘された点が多々あったので、二段までの1年の間に直そうと思う。また、普段から先生に指摘されている「クセ」も削ぎ落として、よりシンプルな居合にしたい。まずはそこから。より上手く見せることはそのあとで考えたらいい。


それにしても、居合をしているといつも思う、師がいるってのは良いことだなあ。


団体戦に出してもらえるかも


支部のメンバーとの忘年会で鍋をつついてた。店に一枚板のひのきでできたテーブルがあったのだけど、驚くべきことに手作りらしい。すげーなぁ。部屋に欲しいけど置き場所には困るだろううなあ。


それで、雑談してたり、先生からお話があったりした。


「ボロクソ言われてちょっと落ち込んでたみたいだけど、彼(師範の人)は厳格な人だから、いつもあんな感じだよ。落ち込んだりはしないでいい」と。あと「ただし、指摘された点は本当。私が見てもその点は伝えたと思う。それは直さないといけない」とも。確かに自分じゃ気づき得ないことを教えて頂けるのはありがたい。感謝の気持ちを、次の審査での実力を以って示さないと。


それと、これで晴れて有段者なので団体戦にも出られるよ、と。団体戦は5月頃にあるらしい。兄弟子が優勝されてた県大会のことだと思う。足を引っ張りたくないけど、足を引っ張るつもりはない。自分の旗を一度でも上げさせるために精進します。


「読んで字の如く、初段は初めの段。有段者になったから満足じゃ駄目だ。二段、三段と位を重ねるにつれて審査も厳しくなるから、それ相応の努力をしなければ昇段はさせてもらえない」


というわけで、しっかり稽古に励みたいと思う。


制定居合は12本の大体を把握したので、来年から古流も習うことになった。古流は制定居合よりもずっと奥が深い、より居合道にハマるはずだよ、と語る先生は普段以上に楽しそうだった。


眠いときは

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寝るべき


あと再来週には居合の昇段審査だなあ……




どうやら剣に出る。昇段試験までに解決しないと嫌なことになるかもしれない。


昇段試験は12月頃だから大丈夫かな。その頃にはSCTのほうで何か悩んでるんだろうか。それはそれで嫌だけど、多少のつらいことなら無いほうがおかしいか。


市民大会

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 制定十二本を全て教えて頂いたのと概ね同時に、剣道の市民大会の前座で演武をすることになった。


 大勢の人の前に出ることにはあまり緊張しないのだが、今回はアガりきって大変だった。単純に練習が足りなかったせいだと思う。部活とか色々で忙しくて、何度か稽古を休んでいた。級審査のときより人は少なかったし、そもそも居合を知っている人自体オーディエンスにあまりいないようだったのだが、ちゃんと練習して自信を確保しておかないとこういうことになる、という教訓。


 演武だけだったので勝ち負けとかは無し。そもそも本筋は剣道大会である。


 参加賞として手拭いをもらう。達筆な行書で「生涯努力」と記されている。良い言葉だ。学校に持っていったら何かに使うだろうか。体育の授業がある日くらいか?


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