2009年10月アーカイブ



筑波大学 Linux User Group(つくらぐ)の活動の一環として、オープンソースカンファレンス 2009 Tokyo/Fallに参加します。


参加日程は、



  • 30日: 無人・資料配布

  • 31日: ブースにメンバー数名・勉強会で発表された機材および資料配布


という感じです。30日は平日の金曜日で、きれいにみんな外せない講義が入っていたので泣く泣く無人ということになりました(日程自体は泊まり込みで参加しても日曜日がクッションになって良心的だと思います、念のため)。


31日はみんなで会場に向かい、ブースにいたり講演を見に行ったりする予定です。メンバーはそれとわかるようなストラップをぶらさげていますので、見かけたら声をかけてみてください。


終わったら詳細まとめようと思います。




movatwitterその他のtwitterクライアントだと発言にフッター(スラドにおける署名であるとか, 参加してるコミュニティの宣伝とかが書いてあるあれ)がつけられるけど, ターミナルからつぶやけるクライアントであるtermtterではデフォルトではできないみたい(ちゃんと調べたわけではないので, もしできるなら教えてください)。


幸いtermtterは拡張が簡単なので, 設定できるようにしてみる. あっさりできて楽しい.


インストール先を調べる


まず, termtterがインストールされているディレクトリを見つける.ソースからインストールした人は問題ないですが, gemから入れた人はややこしいところに入ってます.


調べるには以下のコマンドで:



$ gem which termtter
(checking gem termtter-1.3.1 for termtter)
/usr/lib/ruby/gems/1.8/gems/termtter-1.3.1/lib/termtter.rb

termtter.rbと同じディレクトリにpluginsディレクトリがあるので, ここに作成したプラグインを格納するみたい.上記の場合だと/usr/lib/ruby/gems/1.8/gems/termtter-1.3.1/lib/pluginsになります.


hookをpluginsディレクトリに入れる


上記のpluginsディレクトリに, ftr.rbというファイルを作成して, 以下のような内容で保存します.



# -*- coding: utf-8 -*-

Termtter::Client.register_hook(
:name => :add_footr,
:points => [:pre_exec_update],
:exec_proc => lambda {|cmd, arg|
arg << " #{config.footer}"
}
)

hookっていうのは割り込みみたいなものだと考えればいいのかなあ. svnにもあったはず...


cmdは割り込んだコマンドで, argが引数です. pointsが割り込みのタイミングで, :pre_exec_updateはアップデートの実行前を指定することになるらしい.


フッタの内容はconfigファイルから読み込んでいるので, これを設定すれば動きます.


設定の変更


2ヶ所変更の必要があります.


フッタ内容の設定

冒頭にconfig.user_nameやconfig.passwordが書いてあるので, その辺でconfig.footerを設定します.



config.user_name = 'tnzk'
config.password = 'shachihoko'
config.footer = '[10/21 18:30- つくらぐ#6 http://bit.ly/utlug6]'

こんな感じ.


ftr.rbの読み込み

プラグインの自動読み込みを以下の記述で設定します.



Termtter::Client.init do |t|
t.plug 'ftr'
end

Termtter::Client.initのブロック自体はデフォルトで存在するはずなので, そこにt.plug 'ftr'を追記するだけでOKです.


自動読み込みが不要ならこっちは書かなくても大丈夫です. termtterを起動してからplug ftrコマンドを実行すれば, 同じように有効化されます.


行動日程

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往路



  1. 0728-0926: つくばーTX→南流山ーJR→南船橋ーJR→蘇我ーJR→木更津

  2. 0930-1020くらい: ホテルに荷物あづける

  3. 1030-1052: JR木更津ー路線バス→かずさアーク(会場)


復路



  1. 1509-1525: かずさアーク→JR木更津

  2. 1640-1840: 木更津→つくば




"It's not that I don't believe in contemporary literature," he added, "but I don't want to waste valuable time reading any book that has not had the baptism of time. Life is too short."



嘘かほんとかわからないけど、村上春樹が「死後何年かした作家の作品以外は評価しない」というポリシーを持っているという話はよく聞かれる. 今日, 授業でやっている英語版ノルウェイの森の和訳(ややこしいねぇ)で, そのポリシーが作中人物によって語られる場面に触れた. 上のものがそれだ.


「時間による洗礼」(baptism of time)というのは大雑把にいうと「何十年にも渡る時間による淘汰が, 本当に良いものだけを選りすぐってくれる」ということだ. これって, 最初に聞いたときはなるほどと思ったけど, よく考えるといまいち納得できない.


つまり, 時間による淘汰というのは大衆による取捨選択に過ぎない, という問題があると思う. 必ずしも良いものが残るとは限らない.


たしかに, 幸運にも後世で再評価される機会があれば, 成立当時は評価されなかった良い作品が残る可能性もある. フランツ・カフカとかがそうらしい. だけどそれは, むしろそういうものの存在は, その影で二度と評価される機会を持たなかったが非常に優れたものが存在するということの裏返しでもある.


今この時代, この瞬間に華やかにスポットライトを当てられたものの影で, 優れた側面を持つにも関わらず「わかりにくい」という理由だけで後世に残らないものも必ずある. 後世に残らないなら, それを味わえるのは今しかない.


そもそも過去の評価はそれほど確かなものだろうか? 今「評価」の代名詞であるメディアが取り上げるのはほとんどの場合ろくでもないものじゃないだろうか? そうやって後世に伝えられてきた作品が, なぜ必ずしも素晴らしいといえるのだろうか?


それから, 現代の作品を読まないというのは「時間による洗礼」への参加を辞退しているということになる.




やっと何とかわかったのでメモしておく。


つくば→JR木更津駅は普通に乗り換えていける。


木更津駅からの路線バスが、土日は出ていないと思っていたのだけど、こちらによれば小糸南行きだけの話で、それ以外は本数は少ないながら出ているらしい。


あんまり早すぎてもアレかと思うので、10:30に木更津駅を出ることにする。いろいろとあるので9:30には木更津駅に着いておきたい。とすると、つくば発は7:30になるのね。起きられるかなあ。


秋がくる

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つくば市ではだんだん気温も下がってきて、昨晩半袖で歩いていたら風邪をひいてしまったし、今朝はとうとうパーカーの出番になった。一昨日くらいから一気に気温が下がったように思う。


ここしばらくはずっと、北関東の冬の厳しさを感じている。Yahooの天気予報をブックマークに入れるのが億劫でいつも日本全地図からつくば市までFlashをぽちぽちしているのだけど、ときどき何となく伊勢市の予報も見たりしている。やっぱり、だいたい2度くらいこちらのほうが寒いらしい(特に朝とか、なぜか伊勢市のほうが5度くらい気温が低いことがある。冬の朝に僕が布団からなかなか出られなかったのは仕方のないことだったのだろう...というわけではない?)。


なつやすみ中に帰省して、それ自体はなかなか楽しかったのだけど、タイミング悪く持病が激化(悪化なんてもんじゃなかったなあ)してしまって以降、いろんな活動(大掛かりなことも、小さなことも)を停止していた。たぶん少なくない人に迷惑をかけたと思うので、誰も見ていないかもしれないけどここで謝っておきたいと思います。


時間が経つのは恐ろしいくらい早くて、つい最近はじまったはずの2009年も残すところあと3ヶ月足らずとなっている。高専をドロップアウトして大学に入って、たくさんの環境がいろいろな方向に変化した。僕はその変化についていけた部分もあるし、取り残されていたけど追いついた部分もあれば、未だにどうしていいのかわからない部分もある。ある程度予想どおりに進んだ要素の傍らで、たくさんの障害に阻まれた要素が身動きも取れずにもがいている。あきらめたことだっていくつかある。


自分のスタンスと立ち位置も少しずつだけど見えてきた。そういった類のものは全部が全部自分で選べるわけではない、ということを最近になって知った。周りの人のイメージや間柄、自分の虚栄心と現実がせめぎあって、SFに出てきても不自然じゃないような複雑なメカニズムを経て少しずつ構築されていく。僕らは基本的にはそれを見ていることしかできない、というよりもしっかりと見ていなければいけない。


一度ぼろぼろになった(比喩的にも肉体的にも)おかげで、何を得て何を捨てるべきか、おぼろげだったその正体の輪郭くらいは見えるようになった。僕らは何よりも健康に生存する必要があるし、だからといってパンを食べるために生きているわけでもない。


できればしたくなかった後悔も何度かした。(複数の集合について)僕らに残された時間は長くて短い(そもそも時間というのは本質的にそういうものなのかもしれない)。


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