2009年6月アーカイブ



筑波大学Linux User Group、通称「つくらぐ」での第2回勉強会が開催された。実は第1回も開催されており、かつ僕も参加していた。第1回勉強会の直後につくらぐメンバーになったので、僕が運営側として参加するつくらぐ勉強会は今回が初めてとなる。



  • 発表内容

  • 運営の観点から

  • 次回への雑感

  • まとめ


発表内容


1.GNU/Linux入門 part 2 - opentaka (blog, @)

発表資料


代表opentakaによるGNU/Linuxについての概説。大まかには以下の3つの内容:



  1. 第1回のおさらい

  2. Linuxを使う上で困ったときにどうすれば良いか

  3. OSSプロジェクトに参加するために


全体を通して、「英語と英語圏文化に物怖じせずに飛び込んでいこう」というメッセージが込められているように感じた(発表者のバックグラウンドから僕がバイアスをかけすぎただけかもしれないが)。


とりわけ質疑応答ではそのことについての議論が交わされた。「OSSプロジェクトではドキュメンテーションがなおざりにされがちだが、翻訳者のモチベーションをどう維持すべきか」といったような話。


このことについて参加者から、「英語の課題で翻訳させればいいのでは」という過激で興味深い意見が出ていた。大学は一応学問する機関なのだから、これは確かに僕も有意義であると思うし、実現できると面白い。


具体的には、



  1. 教授がOSS開発関係者である

  2. 英語の講義の担当教員に翻訳したいドキュメントを渡す

  3. 担当教員が学生にそれぞれ割り当てる

  4. 翻訳されたものを集め、OSS関係者の教授がプロジェクトに送る

  5. 翻訳したドキュメントの評価がそのまま学生の成績になる


みたいな仕組みだと面白いのかな。学生が不正に評価を操作することができるのが問題かなー。本質的に防ぎようがないし、どうしたものかしら。


2. Mono と.NET Framework - techno(blog, @)

発表資料


副代表technoたんによるMonoの紹介。



  1. .NET Frameworkの紹介

  2. Monoプロジェクトが始動するまでの経緯

  3. Mono用IDE Mono Developの紹介

  4. Monoを使ったアプリケーション開発の実演


個人的に面白かったのは、Monoプロジェクトが一気に活性化した経緯。いわく、次のような流れだったそうだ:



  1. オバマ大統領の演説がストリーミング配信された

  2. が、SilverLightによるものだったのでLinuxユーザは見ることができない

  3. 誰かが「Linuxでもオバマの演説を見るために、.NET Frameworkの移植を進めよう!」と声を上げる


このことの真偽を僕は確かめたわけではないけれど、充分に説得力がある。確かに当選・就任当時、件の大統領はそれだけのセンセーションを抱えた存在だった。多数の人に共通した意思や期待があるとき、その力を使ってプロジェクトを推し進めることが可能だ。これは一般の企業活動も同じ。


オープンソースプロジェクトを推進するにあたって、時事というものも利用する余地がある、というのは覚えておく価値がありそうだ。


それから、ほとんどの参加者はMonoの名前は知っていたようだが、実際に使ってみたことはなかったようで(かくいう僕もそうだ)、最後の実演の際には歓声が上がったりもしていた。確かにLinuxでビルドしたバイナリファイルが、そのままコピーしてWindowsで動く(またはその逆)には結構インパクトがあって、こういう見せ方は真似したいなあ。


それにしても、てくのたんは前回も今回も、実行環境を完璧に整えるためにデスクトップPCを会場に持ち込むという離れ業を使っていっていて、すさまじい情熱だなあと毎回思う。つくらぐ名物にしませんか?w>本人


3. USBデバイス開発に見るLinuxのオープン性 - tnzk(blog, @)

発表資料


最後は僕の発表。大雑把な内容は以下のとおり:



  1. USBデバイス開発の概要

  2. 汎用USBドライバ/ライブラリlibusbの紹介

  3. Linuxからの制御の実演

  4. Windowsでの開発との比較


タイトルにもあるとおり、もっとも大きなテーマは「LinuxはWindowsと比較して開発環境が整備されていることが多い」というもの。特に、他分野の開発者が少しマニアックな領域に手を出そうというとき、その入門の手立てがわかりやすく準備されている、ということを伝えたかった。これに関してはある程度伝わったのではのではないかなあと思っている。


それからいくつかの小さなテーマ。個人的なもの。



  • なるべくゆっくり喋る

  • スライドに(専門的な話|ネタ)を仕込んでおいて、実際に使うかどうかは適宜判断する


前者は、大筋でうまく行ったけど言葉に詰まったときに崩れてしまった印象がある。けど参加者の内数名に聞いてみたら「そこまででもなかった」とのことだったので、あまり気にしないことにしておく。


後者は、それ自体はうまく行ったものの、必然的に「使いまわし感」みたいなものが出てしまうことがわかった。当然今回の発表資料は新たに作成したものなのだけど、使いまわしの資料を運用でカバーしているような印象を与えるような気がしたので、次回までの対策を考えることにする。


運営の観点から


いくつか問題があった。


会場(中央図書館セミナーC室)の都合上、プロジェクタが利用できなかった

当初はプロジェクタの利用できる部屋を予定していたが、これは確保できなかった。対策として、てくのたんがディスプレイを2枚持ち込み、会場テーブルの中央と端に設置することで、なるべくどの席からでもスライドが見えやすいようにした。


付随する問題として、開催準備の手間がかなり増大してしまった。これもプロジェクタが利用できれば起きなかったこととはいえ、実際にそれは確保できず、開幕が少し遅れてしまって参加者の皆さまにはご迷惑をおかけしたので、この場で言うのも何ですがお詫びします。


参加者数が予想を上回り、椅子が不足した

こちらは会場の変更に関わらず発生した問題。こちらも参加者の皆さま、とりわけ椅子を割り当てることが出来なかった方にはお詫びします。


もう少し大きい会場はないのだろうか?といって、それをするならするで広報活動もちゃんとしないといけないなー。今回はチラシ一枚とmixiでの宣伝だけだったので、次回からはもっと力を入れられるといいなあ。


次回についての雑感



  • 広報活動をもっと精力的に行う

  • 発表者にも色んな層が欲しい

    • 入門者が聞きにきて「むずかしい!」という第一印象を持ってしまうのを避けたい




まとめ


第2回勉強会参加者のみなさま、お疲れさまでした!


円滑に進んだ上、議論も非常に盛り上がって勉強会らしい勉強会になったことがとてもうれしいです。


上でも少しだけ書きましたが、色々な層・色々な分野・色々な感覚の方が参加・発表していただけることを僕は個人的にとても期待しています。そのほうが絶対楽しくなるはず!


というわけで、今回の参加者のあなたも、今回は残念ながら都合が合わなかったあなたも、是非次回・第3回勉強会にお越しください。


みなさまお疲れさまでした!




昨日mixiに英信流の歴史について書いてから、ふと図書館にそれに関する書籍があるのではないかなと考えた。工学だけを扱う大学ではない、それどころか下手すれば工学より体育の大学としてのイメージのほうが強いような話さえ聞くのだから、武道に関する資料だって所蔵されていても不自然じゃない。


というわけで検索してみると案の定7冊ほど(少ない...)あったので、初めて体芸図書館に向かう。


2冊借りた。



後者はAmazonで値段を見たら12,600円となっていた。買えねーw


まずは前者『無双直伝英信流 居合道』を読むことにした。以下の記述は基本的には同書と僕の所感による。


ところで読みはじめてすぐ、「はじめに」と「第一章」の間に「居合道ひと筋に生きる」というセクションがある。ここには居合道をどのような心持で修行すべきか、何を望みどこへ向かうべきか、など非常に勉強になることが書いてあるのだが、その合間合間にやたらと「今の剣道はとにかくダメだ、スポーツ化していてどうしようもない」というようなことを何度も何度も挟むのでなんだかなあという感じだった(笑


たぶん結構なお年の方なのだろうけれど、ニーズによって変遷があり、言葉だってそうだけど、この世に存在する限りどんなものでもその姿かたちが変わっていくのは不可避なのだから、まあそこは受け入れる寛容さがないといけませんね。諸行無常とか言うじゃないですか。書きたくなる気持ちはわかるけども、読んだ若いのが「こんな偏屈になりたくねえ」と思って先達を追うのをやめちゃうかもしれないので、その辺はこう、あまりアレな感じにならんでほしいなあw


閑話休題。


居合道の成立


居合道の始祖として有名なのが林崎甚助源重信で、1542年に産まれたとされている。


同書では「居合道の起こりは室町時代の成立の頃から」とされているが、室町時代は(同書にも記載されているとおり)1392-1573年の期間なので、林崎の産まれた1542年は明らかに末期だと思うのだけど...


林崎は幼少期から武道に励んでいたようで、えらく強かったらしく「剣道の達人と試合して、一度も破れたことがなかった」とのこと。剣道の達人と試合して、というのだから林崎が用いたのは剣道ではない。抜刀術と呼ばれるものだった。一般的なイメージで言うところの「居合抜き」と似たような感じだと思う。


この強さが話題を呼んで(なのかどうかはわからないけど)時の人であった足利義満に呼び寄せられ、彼に抜刀術を伝授したりもしたという。


時系列は定かではないが、上記の抜刀術に創意工夫を重ね、神社にて天啓を得て居合を生み出したとされている。この神社は山形県 村山市にあり、現在は林崎の名もとられ「林崎居合神社」として知られているらしい。そのうち行ってみたい。しかしそのまんますぎるネーミングだなあ...。


この抜刀術は後世にて「林崎流」や「重信流」「夢想流」などと呼ばれている。このどれも林崎が自称したものではなく、彼自身がそれをどのように呼んでいたかは不明。林崎流と重信流は良いとして、夢想流の語源がまったくわからない。天啓を受けたからというのであればちょっと馬鹿にしてる感じがするし、何でなんだろ?


没年不詳であり、どのように死んだとかいう逸話は特に聞かれない様子。しかし天寿を全うしたとも思えない、そういう時代じゃないだろうし。


余談だけど、借りたもう一方の本『居合道日本史』のAmazonによる紹介を見てたら、「林崎は始祖ではない」とするようなことが書いてあった。この辺りの齟齬はなかなか気になるのでこちらも早く読みたいところ。


その後の系譜


林崎流を受け継いだのは田宮平兵衛成政だそうな。この人もなかなかの使い手だったらしく、徳川家の1-3代将軍にそれぞれこれを伝授したとのこと。ググってみると、現在でも田宮流は存在するようだ。


これに創意工夫を加え、長谷川英信流を確立したのが七代目宗家の長谷川主税助英信。無双直伝英信流などでもその流祖として挙げられる人物で、やたらと名前がカッコいいイメージがある(どうでもいい


この長谷川英信流に工夫研究を重ね、さらに神陰流「鞘の中」(抜刀術)と小笠原流「正座」を加えたのが大森流で、これを完成させたのが九代目宗家大森六太夫守政。現在の無双直伝英信流における「正座の部」がこの大森流なのだとか。


この系譜を図にまとめるとこんな感じ。


f:id:Tnzk:20090608173141p:image


無双直伝英信流の保存と広まり


現在の無双直伝英信流は、土佐藩で精力的に教えられた。この頃(徳川綱吉さんの頃らしい)は学芸が盛んな傍らで武芸は衰退していったようだが、一方で土佐藩では無双直伝英信流のみならず、(剣|弓|馬)術が奨励・保護されており、明治維新の頃まで藩外不出の武道として温存されていたとのこと。


発生が土佐藩におけるものかどうかは明らかではない。それから、林崎流が夢想流と呼ばれる理由は依然としてわからない(まあ名前なんかにそれほど対した意味があることのほうが少ないが)ものの、この「無双」は明らかに「夢想」と同音異義・異字語であるので、関連性くらいは見て取れる。逆に、後世で無双からさかのぼって夢想流と称されるようになったのかも?


藩外不出であった無双直伝英信流が全国的に広まったのは、十七代宗家 大江正路によるところで、彼は普及のために以下のような改良を行ったとされる:



  • 技名称の平易化

  • 居合形の創作

  • 早抜き(連続技)の創作

  • 全国を巡っての積極的な布教(というと語弊があるけど、もちろん広義の布教。居合道には少なからず宗教的な側面はある。しかしそれはOSの持つ宗教性と同程度のものでしかない)


このような普及・保存の努力の末、現在の無双直伝英信流が存在している。


同書において、大森以前は敬称略であるのに対して、大江の代になると急に「大江先生」と後ろに先生が付くようになる。この辺の差異がよくわからないが、もしや大江正路さんは同書執筆(平成11年)時点でご存命であった?まさか...


このアーカイブについて

このページには、2009年6月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2009年5月です。

次のアーカイブは2009年7月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

ウェブページ

Powered by Movable Type 4.32-ja