自分たちのサービスと記念撮影するということ

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はてなブックマークの制作に携わった人たち (2008/11/25)


はてブがリニューアルされたのも、もはや旧聞に属するところになりそうだけど、ふとしたきっかけで制作スタッフの一覧を見つけて、なんとなく眺めていた。有名な人もいて、そうでない人もいて、その多くの活躍がはてブの完成に欠かせないものだったのだと思う。


普段は漢字やハンドルで見るその名前は、晴れ着でもまとうみたいにアルファベットの姿をかりて堂々と収まっている。映画のスタッフロールよろしく、名前の上にはプロジェクトでの役職も紹介されている。Director, Managerにはじまり、Back Office, Beta Testerまで、およそ進行にかかわったであろう人物はみんな名をつらねているのだろう。


その中で、Direcor, Manager, Lead Programmerといった、いわゆる肩書きの後に並ぶ、一風変わった役職名がある。



  • Atom API

  • Bayesian Classifier

  • Content Extraction

  • Crawler

  • Favicon Proxy

  • Fulltext Search Interface

  • Guide pages

  • HTML/CSS

  • Image servers

  • Mock Design

  • PFIers

  • Similarity Engine

  • Servers and Network

  • Text writing


カンのいい人にはすぐにわかるように、これは役職というよりも、担当箇所といったところだ。それぞれがそれぞれの技術的な難度を含み、それが故に楽しみがある。そのためもあるのかどうかは定かではないけど、おおむねのモジュールは1人の開発者に割り当てられている。


実はこれができるのは、綿密な設計がある状況に限られる。


それぞれのモジュール間は完全に独立しているわけではなく、お互いに連携して動作することもあれば、あるモジュールが別のものに依存していたりする。


使い方のわからない機械を渡されて「これで車の燃料を補給してください」と言われても、使い方がわからないのだから補給できるわけがない。それと同じで、使い方のわからないモジュールを利用したプログラムを書けというほうが無理というものだろう。しかも場合によっては、実際には機械は完成していないということもある。


そんな状況で、どうやって未完成のモジュールに依存したプログラムを書いたものか。


言うは易しだが、使い方だけ先に決めてやればいい。そこで決めた使い方で確実に動くようにモジュールを作れば、あらかじめ教えられた使い方に則って先んじてプログラムを書くことができる。


ソフトウェアの設計とは、おおざっぱにいえばこの「使い方」を先に決めてしまうことだ。


そうすることによって、多人数でモジュールを分担して開発することができる。そうすると全員がひとつのものに食らいついての開発に比べて、混乱が起きにくいそうだ。


もちろん本当にそのとおり行くかというと、そうでない場合もある。設計がいいかげんだと、そういうことになるんだ。


例えば、完全に独立していると思っていたら一部で同じファイルを利用していたとか、ひどいときは使い方そのものが変わってしまうこともある。こうなると、それに依存したモジュールはすべて書き直しになってしまう。開発時間にも悪影響を与えるし、当たり前だけど士気だって下がる。


なんでそんなことを知っているかというと、これ以上ないシンプルな理由がある。


他ならぬ自分自身がそういう設計をしてしまうからだ。


関わるプロジェクトの多くで欠陥を含んだ設計をしていて、そのたび開発者として参加していた人には迷惑をかけている。本当に申し訳ないと思う。


そういうような気持ちを、はてブの制作スタッフ一覧を見て感じた。


開発者ひとりひとりが、自分の信念に基づいて削り出した立体的なピースを組み合わせたシステムを公開できたとき、どんなにうれしい気持ちだろうか?


もしかしたらソフトウェアは立体よりももっと高次元なものかもしれない。人間の感覚では0に近いくらい小さな確率の隙間をすり抜けて手をつないで、共同作業をする自分の作品を見るのはどんな気持ちだろう?


そんな気持ちを感じてみたい。感じてもらいたい。自分と同じチームで開発する人に、そのよろこびを知ってもらいたい。もちろん自分でもそれを知りたい。


公開したサービスのスタッフ一覧というのは、さながらプロジェクトの完成記念撮影のようなものだ。


そんな貴重な一瞬の時間を切り取った写真に、自分の苦痛と愛を一点に注いだモジュールと並んでに写れたら、それはたぶん一生自慢できる、一生消えない思い出の品になるはずだ。


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このページは、tnzkが2008年11月25日 01:41に書いたブログ記事です。

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